定規いろいろ、ひとつじゃあないさ

ちょいと、まじめなお話をば。

人は、生きていくなかでいろんな物事に対する、
少し乱暴ないい方をすれば “価値観” を築き上げていくのだと思います。

それは、
「よーし、価値観をきずくぞお!」
と意気込んで出来るものではなく、
いや、
もちろんそれも価値観が出来ていく上での
重要な要素にもなり得ますけれど、

日常生活の中で出会う大小様々な選択肢、
そこで自分がなした選択
は、もちろんのこと、

日々触れる者や人、
いつも見る景色、
いつも乗る電車、
などによっても形作られていくと思うのです。

で、
人により、
日々の選択はもちろん違うし、
さらには、
同じものを選択するにしても
いつも同じものを選択していて、その中での選択のひとつ、の人も入れば、
いつもてんでバラバラなものを選択していて、今日も気まぐれでこれ!の人もいると思う。
あと、
日々出会う人や、物も、
それに対して抱く感情も、
全然違うはず。
当たり前だけれど。

ここでいう “価値観” というものが、
その人が様々なものを判断するための
“定規”
だと思うのです。

まあ、それは他のところでも言われていることなので、
それ以上は言及しませんし、
私が思うところの
“人の心の中の定規”の定義も上記のような感じです。

なぜ今、それを言うのかと言うと、
人の持つ定規について考えさせられる場面に、
先日出逢ったからです。

ずっと、本物の、純粋に表現者で居続けるために
日々のいろんなことに気をつけないといけないなあ、
注意深くならなきゃいけないなあ、
ということと同時に、

自分の定規の目盛りを人様に押し付けてはいけない、

自分の定規で人様ははかれない、
正確に言うとはかれるけれど、それは、いち側面でしかない。
本当にその人をみたことにはならない。

と、いうことに改めて気付かされたのでした。

うーん、私は了見が狭かったなあ。
さらに言うと、心が狭い。。。

最近、ほんとうに感じることですが、
私の課題は、他者への愛
だと、思います。

まだまだまだまだ
ぜーんぜんですわあ。

2010年12月23日木曜日

コメントを残す

*
プロフィール
Profile
出演の
ご依頼について
Contact
フライヤー・名刺
制作致します
Tomoko's Crafts
リンク
Link